ミドラー

上記の広告は１ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

目が覚めたら隣で抱き合うように寝てたあいつは居なかった
ぼんやりした頭のまま起き上がるとあいつはぴっしりしたスーツを着て
ネクタイを巻く途中だった
おれは何かを悟った
見慣れた光景のはずなのに
あいつはおれを残して部屋を出る
いつもの事なのに
おれは何かに気がついたんだ
あいつは部屋を出て仕事に行く、きっとそれだけじゃない
何処かへ旅に出るんだって
黒くて高そうなぴっしりしたスーツを着て
神経質そうにネクタイを巻いて
固い鞄に書類だとか、財布だとか、メモ帳だとか、それだけじゃない
何処かへの切符を詰めて
いつのまにかおれの手にも切符を残した
それも片道切符を
あいつのもきっと片道なんだ　もう戻ってこない
「いってらっしゃい」、って　カタコトの外国語をあいつの背中に言ったけれど
あいつは答えなかった
おれを捨てる気でいるんだ
泣いて縋りついてやろうとも一度考えはしたが、やめた
別にそんなたいした男じゃあなかった、とも考えたから
でも何かに大きな穴が空いた
大きな、大きな穴
おれはそこから今にも落ちそうで　うんと深いところまで
助けを呼びたくてもあいつはもう居ない
そこで恐怖の中気がついた
穴は元から空いていたんだ
あいつがこの深い深い穴を埋めていただけだった
そう、昨日の夜が明けるまで
あいつは居なくなった、もう帰ってこない
黒くて高そうなぴっしりしたスーツを着て
神経質そうに巻かれたネクタイ
固い鞄に書類と財布とメモ帳と、切符を一枚入れて
片道切符だけ残して部屋をでたあいつ
そんなに大した男でもなかった
そんなに大した男でもなかったのに

くそ野郎！